アルバイトごときがちょっとした不毛なパワハラ上司に挑むというノンフィクションです!
前号からの続きです。
できれば先にこちらをお読みいただいた方が話がつながります。
先に言っておきますが、若干読みにくいです!
本社コールセンターには『感じの悪い冒険者(正社員)』がいる。
その名を鏑木(仮名)という43歳の関西弁仕様の小太りのおっさんで、正直なところ顔は怖い。
異世界冒険ラノベで言うならば『魔王様の腰巾着』という感じだ。
ただ、鏑木本人は標準語で話をしているつもりらしい……別に差別をしている訳ではないが、彼のトークを聞いた誰もが「関西出身の方」という認識をするだろう。
言っておくが俺は地方出身者や方言を馬鹿にしていない……俺自身も東北の出身で、ガキの頃は「ほとんど日本語ではない言葉」を喋っていたという記憶があるからだ。
俺は運良く異世界に転生する際に、女神から『標準語スキル』を与えられたので、ギリギリ標準語を話すことが可能だ。
しかし……そんな鏑木と1ヶ月ものあいだ一緒のパーティで冒険(仕事)をしなくてはならないというのは憂鬱である。
初日は午前11時出発で、都内某所へと向かわなくてはならない……もちろん鏑木も一緒だ。
正直なところ初日はレクチャーなどで1日が終わると思っていた。
まず本社のある店舗へは初めて来たので、勝手がわからない……異世界だと『迷宮ダンジョン』ってところだろうか……ラスボスは誰?
自店舗である程度の勘所は多少なりにもあるが、本社店舗は20年ぐらい前の古い建物だし、面積も違うから勤務2年の俺にはどこになにがあるのか全くわからない。
鏑木「じゃあ、行きましょかぁ〜」
鏑木が先頭で従業員専用の薄暗い階段を通り1階へと降りるようだ……コールセンターは2階の売場裏にあるからな。
俺は索敵スキルを発動させ、罠や横穴などに警戒した……すると早速横穴(扉)を発見した……ここから危険な魔物が襲ってくかもしれない……俺は右手に刻まれた紋章に魔力を溜め込み、いつでも攻撃魔法を放てるように準備した。
俺が使える攻撃魔法はファイヤーボールだけだ……通常狭いダンジョン内では大規模魔法は使用禁止だが、まだレベルの低い俺のファイヤーボールなら大丈夫だろう。
鏑木は迷うことなくその扉に手をかけ手前に引いた……すると禍々しい光とともに迷宮ダンジョンへと進む新たな道が現れ、鏑木はずんずんと突き進んで行く。
まず最初に向かったのは1階のお客様受付カウンターだ。
店舗の入り口付近にあるカウンターで、だいたい常時従業員が誰かしらいるところだ。通常業務としてはお客様のご案内、取寄せ商品の注文や受取、キャンセルや返品などを行う場所である。
残念ながら異世界の冒険者ギルドにいるようなメガネをかけた美しいエルフの女性などはいない……オバハン率が99.9%という異常な数値を叩き出していた。
鏑木はカウンター内に入ると『赤いファイル』棚から取り出す。
鏑木「こん中に今日これから行くとこの伝票が入っているので、まずはそれを探して取り出す」
相変わらず敬語を一切使わない鏑木だった。
だから俺も返事をしないことにした……頷くだけに留めた。
鏑木は1枚の紙と赤いファイルを一緒にして俺に渡してきた。
鏑木「じゃあ、こん中から探して!」
おっしゃっている意味がよくわからない。
本当のことを言うと、だいたいわかっているのだが、知ったかぶりは良くないと思うし、一応ABC店の店長からは「未経験の人が行くので、イチから教えてあげてください」ということになっていたからだ。
俺「ん、どうやって探すんですか?」
鏑木「やったことないですかぁ〜?」
俺は索敵スキル(カスタマー)未経験ということになっているという話をした。
鏑木「こんなことも知らんのですか〜私よりもプラス(仮)は長いんですよね?」
この人はいちいちカチンとくることを普通に言ってくる。
俺「はい、ABC店では外出前に担当の正社員の方が、必要書類や商品などを全て揃えてから説明してくれていましたので、何がどう必要なのかとかは知りません」
鏑木「(チッ)甘いなぁ〜、こんぐらいパートさんに全部やってもろたらよろしいのに」
そんなことを言いながらも、一応一通りの説明をしてくれた。
コールセンターから持ち出した1枚の紙は『控えの写し』で、コールセンター内でいつでも確認できるためのもので、『本物の伝票』は1階のカウンターにあるとのこと。
基本的にはこの『本物の伝票』にお客様のサインをもらって、処理保管するとのことであった。
ちなみにお客様によってはサインを拒否するケースもあるとかで、その場合は「サイン無しでOK」ということらしい……なんか面倒だな……もしこれが冒険者ギルドでサイン拒否したら「はぁ?テメェふざけてんのか?」と、ぶっ飛ばされるところだろう。
鏑木が赤いファイルをペラペラめくっている最中に結構重要ことに俺は気がついた。
赤いファイルはお客様名で五十音順に整理されていたのだ。だが、鏑木はそれを言わなかったので、俺もあえて尋ねることはしなかった……さすが俺……迷宮ダンジョンの罠を見事に回避することに成功した。
俺が赤いファイルから伝票を探しているときに、鏑木は俺に対する態度とは真逆の態度で、オバハ……失礼、女性従業員達と笑顔で話しかけていた。声のトーンも2段階ぐらい高く、どうやら冗談を言い合ってキャッキャッしているようだ。
俺「(なるほど、鏑木は人によって態度を変えるタイプなんだな)」
俺は鏑木から『駆け出しの下っ端下級冒険者(新人パート社員)』と認識されているのだろう……まあ、俺としてはその方が助かるよな……ここでは「指示されたことだけをやる」「必要以上に余計なことをしない」と決めているからな。
赤いファイルから『本物の伝票』を取り出すと、次はオペレーションルームへと向かった。
ここでは半透明のナンバリングされているファイルケースを受取る。
ファイルケースには車の鍵とノートが入っており、ノートには伝票を挟むフックがついているので、伝票を挟み込む。そしてノートには車を使用した日時や要件などを書き込むようになっていた。
基本的にカスタマー関連での冒険(外出)は、『本物の伝票』とファイルケースが必要となるが、もう1つ大事なものがある。
連絡用の伝書鳩(携帯電話)だ。
一応念のために外出時には個人のスマホも持って行くが、会社の携帯電話を使用するのは当然のことである。
会社の携帯電話は、なんとiPhoneだ……ただし旧型の画面サイズが小さいヤツで、詳しくはないのだがiPhone5もしくは5Sというものだと思う……保護シートやケースもなく、裸のままだったので取り扱いには要注意だ。
52歳という老眼の冒険者(俺)には、4インチ画面は実に厳しい。
だが俺は日常的に魔道具(老眼鏡)を持ち歩いているため、細かい文字にも対応することができる……おっさんの必需品である。
iPhoneはコールセンター部屋に何台かあるので、室長(日によって変わるが正社員)に「●番の携帯持っていきます」と断ってから持ち出す仕組みらしい。
と、ここまで書いてきた『冒険(外出)のやり方』だが、ABC店とは完全にシステムが異なる。こういうことはもっとキチンとレクチャーした方が良いと思うぞ!
こうして俺と鏑木は軽バンに商品を積み込み、出発の準備をする。
そのとき気がついたのだが、軽バンのナンバープレートが東北の地名になっていた。
なぜ? ここは王都(東京)なんですけど?
まあ、いちいちくだらないことで鏑木と会話をしたくなかったので、あえて質問はしかなかったが、タイヤにだけは目がいった。
な、なんと季節は外にいるだけで汗ばむほどの真夏だというのに、スタッドレスタイヤが装着されているではないか!
さすがにこれは鏑木に質問した。
俺「こ、これって、スタッドレスタイヤですよね?」
鏑木「まあ、大丈夫っすよ」
大嘘である。
気温30度を超えている真夏の道路をスタッドレスで走行するのは危険を伴うことは俺の中では常識中の常識だ。
ネットでググればいくらでも出てくると思うが、まずスタッドレスのゴムは夏タイヤと比較して柔らかいので安定性が悪く、交差点を曲がる際にふらつくことがある。まあ、ゆっくり気をつけて走行する分にはそれほど心配しなくてもなんとかなる。
最も危険なのはブレーキだ。
制動距離が晴れた路面で1.3倍、雨で濡れた路面だと2倍も制動距離が長くなってしまう。
さらに軽バンという車の性質上、咄嗟の時の急ブレーキは危険極まりない。
俺は心の中で「絶対に安全運転に徹してやる!」と誓った。
めちゃめちゃ不安であったが、本日は初日ということもあり、今日だけ運転は鏑木が担当すると言ってきたので、運転を任せることにした。
俺は一応自家用車を持ってはいるが、それほど頻繁に乗ることはない。
日常の通勤は徒歩だし、自家用車は軽自動車で「ドライブが趣味」なんてこともない。あまり遠出をすることもないので、年間走行距離は2000km以内だ。
主に近所の買い物だとか、実家の母に会いに行く時ぐらいしか乗ることはない。
ましてや東京都内を車で走ることなど滅多にない!
都内の土地勘などもまったくないので、索敵スキル(カーナビ)に全てを託すしかないよな。
などと考えていたら、鏑木がカーナビに住所を打ち込んでいた。
特に説明はなかったが、どうやらそれがルールのようだ……下っ端だから次回からは俺がやらなくてはならんよな。
という訳で本社店舗の駐車場から『社名入りの軽バン』で出発となった。
ついに俺と鏑木2人の冒険が始まった。
まず、これから向かうお客様宅は、まぁまぁ遠い。
都内の渋滞ということもあるが、どう考えても片道1時間近くはかかる。ということは往復でおよそ2時間ぐらいはかかるということだ。
11時出発で2時間後に戻ってくるということは、13時頃帰社ということになる。
そのあともスケジュールが組まれており、14時前には出発しなくてはならないらしい。
ん?
だったら2件分の伝票と商品を軽バンに積み込んで、連続で2件回って来ちゃった方がいいんじゃねーの?
俺は素朴な疑問を抱いたが、やはり鏑木に訊くことはしなかった。
たぶん何かしらのルールとか、一度本社店舗に戻ってこなければならない理由があるのだろう……とにかく俺は必要以上に鏑木とコミュニケーションを取りたくなかったのだ。
しかしそんな俺の思いとは裏腹に、車中では鏑木トークのオンパレードとなった。
おかげで俺は誰よりも鏑木という男に詳しくなってしまうことになる。
合掌である。
つづく。